水槽の脳

戯れ言

我を忘れし季節 束の間 風に言の葉 騒いでやまぬ

6時半起床。

今日は一回目のアラームで起きられました。

コンサータ服用。

「父が危篤なんだ。だから今日はライブに行けない。ごめん。」と峯田和伸にLINEを送ったら、夜中に「BABY BABY」を歌っているムービー(その日のライブ映像)が送られてきました。

ベランダで煙草を燻らせながらムービーを見終わり、ふと視線をあげると星空が余りにも美しくて、

東京の空の星は
見えないと聞かされていたけど
見えないこともないんだな
そんなことを思っていたんだ

という歌詞が脳裏を過って、エモくて涙が溢れて止まりませんでした。

……という夢をみたせいで、起きたら実際に涙を流していました。

峯田和伸夢にでてきすぎ、「BABY BABY」歌いすぎ。

志村正彦は想えど想えど夢にでてきてくれなくて、少しだけ寂しい。

もうすぐ、12回目の命日がくるね。

クリスマスイブがくるのはとても怖い。

本当は未だに怖くて怖くて仕方がない。

だからぼくはクリスマスの支度を怠らない。

独りだった頃のように泣いて過ごすことはできない。

「娘の為」という大義名分に甘えてこれでもかとクリスマスイブに備えて慌ただしく過ごす。

クリスマスの朝の娘の笑顔を想像するだけで、救われたような気持ちになる。

父と最後に会ったのは去年のクリスマスシーズン。

父は娘の為に沢山のお洋服とおもちゃを購入してくれたけれど、お洋服はもうそろそろサイズアウトしてしまう。

娘は父の顔をしっかりと覚えているだろうか。

父は結構な頻度で夢にでてきてくれるけれど、8割は危篤だったり入院している。

それはぼくは父の死の「間違い探し」をし続けているからだと思う。

もっと生きて欲しかったことに違いはないが、寿命だと諦めることができない訳ではない。

でも仮に寿命だったとして、もう少し別の死に方でも良かったじゃないか。

なにもひとり寂しく死ななくても良かったじゃないか。

せめて看取ってやりたかった。

独りぼっちで逝かせたくなかった。

あんな小さなマンションの一室で世間から隠れるようにひっそりと死んでいったなんて、許せない。

許してやらない。

笑ってサヨナラしてから間違い探しをしていた
どうしてなんだろう 間違い探しをしていた
ここ何週間か僕は独りで色々考えてた
どうしてなんだろう どうしてなんだろう なんだろう

どうにかなってしまうかもしれない
そうなってしまうかもしれないものかもしれない
どうにかなってしまうかもしれない
そうなってしまうかもしれないものかもしれない

どうにもならない事が多すぎる
どうでもいい事なら良いのに

フジファブリックの笑ってサヨナラの歌詞のように、いつまでもぐるぐると考えてしまうし「間違い探し」をしてしまう。

父の葬儀では余り泣かないようにと心がけていた。

叔母と弟とおどけてなるたけ笑って見送った、父がそう望んでいるような気がしたから。

遺された者の後悔は尽きることがない。

あのときああ言えば良かった、ああしてやればよかった、もっともっと孝行してやりたかった、ぼくが吐いてきた酷い言葉を全部取り消したい。

その感情はいつまでも心の中に痼となって残り、ぼくを苦しめ続ける。

会いたいよ。

会いたい、会いたい、会いたい。

いつものように軽口を叩いてひょっこり現れて欲しい。

父の遺体を見ていないから、父の亡くなった部屋を見ていないから、ぼくはまだどこか父の死を信じられないような気持ちでいる。

全て壮大なドッキリだったら、どれほど救われるだろう。

去年のクリスマスシーズンには確かにいたのに、今はもうこの世にいないだなんてやるせない。

ねぇ父、ぼくはご存知の通り非科学的なことは信じない質だけれど、それでも父が天国のような安らかな場所にいてくれたらいいと願わずにはいられないよ。

ぼくのくだらない信条なんてどれだけ揺らいでも構わない、ただ父には笑っていて欲しい。

周囲のひとを明るく照らすような、あの人懐っこい笑顔で笑っていて欲しい。

なんだか記事を書き出したら文章も涙も止まらなくなってしまって過呼吸気味です。

でも胸が痛み涙がでるということはまだ父のことを忘れていないということで、その事実にどこか少し安心しているぼくがいる。

「許すことは忘れることだ。忘れることは生きることだ。」

とは、Coccoの言葉。

ぼくは独りで逝ってしまった父を許さない。

忘れずにこの胸の痛みと共に生きていく。

結局、午前中いっぱい泣いて過ごした。

 

思いがけず鬱な記事になってしまったけれど、このブログはぼくの心の傷を抉って素手で引っ掻き回して文章にして晒して昇華させる為にあるのだからしょうがない。

メンタル的露出狂なので、感情が新鮮なうちに全て残らず記事に刻んでいく。

別に生きた証を残したいだなんて高尚で烏滸がましいことなど思ったことはただの一度もない。

ぼくの記事はむらっけがあるし精々佳作だと評されたらいいほうだ、日々凡作や駄作ばかりを量産している。

それでも文章を紡がずにはいられないのだからしょうがない。

発想や思考に文章が覚束ずもどかしいし悔しいし歯痒い、それでも感情を昇華する為の儀式として記事を書き続ける。

毎日生き恥を晒してみっともなく足掻く。

いつか納得のいく文章が書ける日がくることを願って、語彙力を高める為に乱読をしては言葉をインプットし続ける。

メモリを知識や言葉で埋めつくしていく。

地道で果てしない作業を堪らなく愛おしく思う。

実はぼくのブログタイトルは水槽の脳にすべきか胡蝶の夢にすべきか悩みに悩んだ末、「水槽の脳」に決めたという経緯があります。

f:id:braininavat_nano:20211027155857j:image

f:id:braininavat_nano:20211027161549j:image

この世界や現実とはコンピュータに接続され操作されている水槽の脳が見ている、仮想現実にすぎないとしたら? 

この思考実験を怖いものとして捉えているひとが多いようだが、信じ難い。

むしろぼくは水槽の脳として生きたい。

水槽の脳として肉体を脱ぎ捨て生きたいと夢想しない日はない。

世界には培養液に浸されたぼくの脳と、脳に接続されたコンピュータしか存在しない世界。

概念として生きることへの憧憬は消えない。

 

f:id:braininavat_nano:20211027162856j:image

ぼくのNetflixアカウントが遂に埋まりました。

フル共有済み。

Netflixを活用している感じで、とても良い。

Netflixさん、いつもありがとう。

 

そしてこのブログは今日、合計PV5555を達成しました!

f:id:braininavat_nano:20211027163157j:image

ゾロ目。

たまたま見かけたらゾロ目だったので、なんとなく嬉しくなりました。

読んでくださっている方々、有難うございます。

多謝。

 

さて、そろそろ鬼滅の刃も終盤なので今日中に読み終えなければ……

泣きすぎたせいか頭痛がするし、眠くてたまりません。

一旦眠って脳を覚醒させたいと思います。

 

追記.

結局続きが気になって眠れず、鬼滅の刃全巻+外伝+公式ファンブック全弐巻読破。

一巻辺り15分くらい、ファンブックは8分半くらいかかったから読破するのに6時間くらいかかりました。

戦闘シーンが多いのでスラスラ読めちゃう。

読み終わるのが勿体なくて二日間に分けたんだけど、一瞬でした。

泣き疲れちゃった。

鬼殺隊の柱で萌えたのは霞柱の時透無一郎、通称むいむい!

修行を始めて二ヶ月で柱になるなんて素敵……!

あんなに華奢なのにめちゃくちゃ強くて素敵……!

あと伊黒小芭内×甘露寺蜜璃ちゃんの公式CP良過ぎた、最高か……!

蜜璃ちゃんのドジっ娘っぷりが可愛すぎた……

珠世さんの薬も胡蝶しのぶの毒も凄かった。

最終話で一番ジーンときたのは愈史郎くんが珠世さんのことを永遠に想い絵画のモデルとし、描き続けているところ。

愈史郎くんの生命は永遠だけど、珠世さんへの想いも永遠なんだね。

美しいと思った。

f:id:braininavat_nano:20211027201439j:image

今度こそ本当におやすみなさい。

 

本日のおやすみメニュー。

メラトニン20mg.テトラミド30mg.マイスリー10mg.ヒルナミン50mg.アレルギーメディスン10t.

 

おやすみ、世界。